受賞者と企業からの質問に、専門家がお答えします。
審査委員長
富田 光浩
審査委員
寺島 賢幸
審査委員
鎌田 順也
弁理士
内藤 拓郎
関東近郊に在住しながら地方のクライアントの仕事をする上での心構えを教えてください。
富田:近頃はスカイプ会議などもありますが、やはり実際にその地を訪れて五感で感じる情報は大切だと思います。距離が遠いので毎週のように会うことはできませんが、その分東京で考えて直接会った時にぶつける答えを用意して打ち合わせに臨むことと、距離が遠い「外野」だからこそ気づく視点を持つこと。このことを心がけています。
北海道をベースとして働き続けることの魅力、理由について教えてください。
寺島:北海道で生まれて、原っぱと畑と田んぼの中で育った自分は、人間が完全に自然の一部であることを理解していますので、ここにいてデザインすることに意味があるような気がしています。それと、食料自給率の低い日本の中で農業や漁業を守るためには北海道が頑張らなければいけないと思っており、少しでもデザインで力になりたいですね。食べることは生きるための基本ですので、北海道が主役になる時代もそう遠くないですよ。
鎌田:雪原の白の美しさ、澄んだ空気の気持ち良さから得られるインスピレーションを大切にしています。東京で暮らせば、得られるインスピレーションの量と鮮度等、色々なことが違うと思いますが、ここで暮らすことで捕まえられるデザインが、自分の理想のデザインに近いです。都市ならではの情報は、地方から冷静な目で見つめることが、自分にとって最上であると考えています。
昨年、ロンドンのD&AD賞のパッケージ部門の審査員を務められましたが、海外と日本の優れたパッケージの共通点、また違う点をお聞かせください。
鎌田:海外コンペでは様々な国のパッケージが集まることにより、より明快さが求められている印象でした。特にパッケージはグラフィックなどと違い、民族・人種を越えて理解できなければ、多民族国家では機能しません。日本のパッケージのクラフト力はずば抜けているのですが、単一民族が大勢を占める日本という国特有の「日本人なら言わなくてもわかる」というデザインに、良くも悪くもなってしまっていて、今年度の海外審査員にはそれが伝わりづらい感じでした。
クライアントとの向き合い方について、アートディレクターの立場としてどのような対話をされていますか。企業の売上や利益などの具体的な数字の話にも踏み込まれますか?
富田:クライアントの判断は絶対ではないと心に思って向き合っています。何か違うと思った時は、たとえ相手がどんな立場の方でも「それはおかしい」と言える関係が大事だと思います。「クライアントが言うことだから…仕方ない」でそのまま仕事をしてしまうと、それが仮に何らかの問題を起こした時に、私たちデザイナーはその片棒を担ぐことになってしまいます。その意味でクライアントとデザイナーはリスクを共有する運命共同体のようなものだと思います。
寺島:僕は食品のデザインが多いので、まずはその商品がおいしいかどうかというところが気になります。もし味の修正が可能なら、少しでもおいしくなるように一緒に考えるようにしています。デザインの良さだけで売れ続けることはないからです。それと同時にその商品が他社商品と違う部分を見つけるために根掘り葉掘りヒアリングをします。それが見つかれば、デザインはほぼ出来たようなものですので。ブランディングに使える費用の参考に年商をお聞きしたりしますが、それよりも商品の総販売数によって予算のやりくりをします。
鎌田:対話も重要ですが、決裁権を持つ人と話をすることを重要視しています。また、プロジェクトのメンバー構成なども意思決定に重要な要素です。企業にもよりますが、可能であれば決算書を見せていただき、何が出来て、何が出来ないのか、把握してからプロジェクトを進めるようにしています。売上げももちろん重要ですが、どのように生きるか、企業の志を如何に言語化・ビジュアル化できるかを大切にしています。最終的にそれが数字に表れてくるようにも思います。
良いパッケージデザインとは、ズバリどのようなパッケージでしょうか?
富田:「良いパッケージ」の定義が変化して来ていると思います。これからのパッケージデザインはエコロジーと消費社会の両立をあらゆる角度から考えていかないとならない時代に来ていると思います。アメリカでは、素材が土に還るというパッケージも開発され始めていると聞きます。これ以上地球環境がおかしくならないようにするにはどうしたらいいのか、デザイナーだけでは解決できないですが、地球環境にいいか?と売れるということを両立できたパッケージが真の「良いパッケージ」だと思います。
寺島:商品の性格にフィットしていながらも、他にない何かを感じさせるデザイン。普段着のように見えてパリコレにも出られそうな半歩先のコミュニケーションが感じられるもの。
鎌田:商品の魅力・価値を、正確に言語化・ビジュアル化できているパッケージです。
パッケージデザインで、知的財産権を侵していると思われる場合、類似もしくは酷似とみなされるポイントなどを教えてください。
内藤:最も特徴的なのは、当事者のデザインだけでなく、その周りに他にどんなデザインがあるかも考慮する点です。例えば、iPhoneが初めて世に出たとき、他にスマートフォンは無かったため、ボタンのないフラットな操作面は今までに無い新しいデザインであり、この特徴が類似判断のポイントになったはずです。しかし、現在では操作面がフラットなものが多数存在するため、フラットであること自体は重視されず、筐体の細かなデザイン等が類否判断のポイントになります。この点は、デザイナーの考える類似の世界観とは大きく異なるところです。
デザインが偶然に似てしまうこともあると思います。シンプルなモチーフのものは似てしまうアクシデントもあると思います。そのような偶然を避けるために、デザイナーとして注意すべきことを教えてください。
富田:まず最低限、類似に気づくためにいろいろなデザインを見て記憶しておくこと。そしてその商品が持つバックグランドに根ざしたアイデア・表現をすること。つまりその商品でしかできないデザインを目指すことが、たとえシンプルなモチーフであってもオリジナリティーのあるデザインを生むことにつながると思います。そして、つい制作期間がギリギリになってしまいますが、商標を取得するというスケジュール期間をつくる事も意識しなければいけないと思います。
寺島:雰囲気が似てしまうことはあるでしょうが、商品のジャンルが違えばその意味も変わるので別のものとなる気がします。とはいえ似ていないほうがよりいいですね。僕らデザイナーは、たぶん一般の人より数十倍多くのデザインを見ていますので、複数のデザイナーに見せるとずいぶん確率が下がる気がします。事務所には僕以外にデザイナーが5名いますので心配な時にはチェックを頼めます。あとはGoogleなどの画像検索だけでなく、相談できる優秀な弁理士さんとつながっていれば心強いですね。
鎌田:デザインは、誰も見たことのないオリジナリティをつくることではなく、対象物のアイデンティティをつくりだすものです。それが明快に表現できていれば「似ていても違う」ものにちゃんとなるように思いますし、似ていることが問題に感じないと思います。たくさんのものを見て、見識を深めることは必須です。また、商標をしっかりと取得することも非常に重要です。
内藤:まず前提として、パッケージデザインを保護するのに有効な「意匠権」の世界では、たとえ“偶然”似てしまった場合であっても、権利侵害と判断されてしまいます。侵害となればパッケージ自体が使用できなくなるため、デザインを行うにあたっては、似たデザインの意匠権が存在していないかを調査することが重要です。どのような意匠権が存在するかは、「J-PlatPat」というウェブサイトを用いて無料で調べることが可能です。なお、調査のタイミングは、商品のWEBでの公開よりもかなり前、望ましくはデザインの確定前に行うことをおすすめします。