- (有)泰都[鶴居村] 専務取締役 和田 貴義 氏
自転車を通してマチの魅力を発信!
鶴居村をサイクリストの聖地に

「歩きたくないな!」と思いはじめ、
サイクリングが頭に浮かんだ。
家の旅館を遊び場のようにして育ちましたから、家業を継ぐことは割と早くから意識にありました。そのため、簿記を身につけようと会計科のある高校に進学。さらに当時調理長でもあった社長(父・正宏氏)を手伝えればと思い、大阪の調理師専門学校にも行きました。その後、紆余曲折があり調理師を諦め、経営のためのアイデアを出して、それを実現していく仕事で家業に貢献しようと決心しました。
家に戻った当初は、ネイチャーガイドを手伝いました。小学校の頃から社長の写真撮影に一緒について回ったり、また好きな自転車で村中を走り回ったりしていたので、景色のきれいな場所や釣り場、カワセミが見られるポイントとかを普通に知って育ちましたので、マネごとながらもガイドはきちんとこなせました。でも往復何kmも毎日のように案内するうちに、「歩きたくないな!」と思ってしまって(笑)同じような観光客もたくさんいるだろうと考えたとき、自転車はどうかな!?とひらめいて。
また、常々、鶴居村の観光が湿原と丹頂だけではもったいないと思っていて、もっと地域の資源を大きく活かせるモノ・コトは何かないかと考えたときに行き着いたのも、やっぱりサイクリングだった。そこで、社長がフォトギャラリーを建てる際に、その一角にサイクルステーションを併設してもらいました。

サイクリストの聖地「しまなみ海道」。
鶴居村も絶対になれる!
どうせならスピードが出て、走っていて楽しいロードバイクを購入しようと思い色々調べていると、サイクリストの聖地「しまなみ海道(瀬戸内)」に行き当たりました。すぐに視察に飛んで行き、実際に長距離を走ったり、しまなみ海道ブームの仕掛け人であるトップ・ライダーに話を聞いたり。数日かけて多くの刺激を受けていくうちに、「これ、鶴居村でもできる!」と確信しました。しまなみの魅力の1つは海を望む景勝。それなら鶴居村にも存分にあるので、絶対に聖地になれると。
僕は鶴居村の林業や酪農業なども観光資源になると思っています。例えば、いい意味で「美瑛っぽい」と言われる農村風景がありますが、美瑛では立ち入り禁止エリアだけど鶴居村では近くまで行ける。また、山には林道が張り巡らされていて、これはバラエティあふれる魅力的なサイクリングコースになる。激しいコースも作れるし、たっぷり走れるロングなコースも作れる。これら資源をうまく使うことで鶴居村をPRしていきたいんです。早速、地元近隣のサイクリストやサイクリング・コミュニティ、同業者たちに話を聞き、ヒントを得て、自社の新規事業としてプランニングを開始しました。
想いを盛り込みすぎて最初40ページを越える企画書になってしまい、そこから削って「申請書」としてとりまとめ、北海道経済産業局の支援制度を活用することができ、このサイクリング・ツーリズム事業を始めることができました。また、環境省の許可をもらい、釧路湿原国立公園の堤防道路を走れるようにもしました。国立公園の中を自転車で走れるなんて、ここだけですよ!

〝毎日遊んでいる〟疑惑から、
ようやく〝自転車のスペシャリスト〟に。
この会社で自転車に関わるスタッフは僕1人です。大きなサイクリング予定が入った時は地元のサイクリング・コミュニティやサイクリストの協力を得ています。自転車のつながりがあるからこそできていることが多々ありますね。彼らに、僕の持っているサイクリングガイド・インストラクターとしての知識を伝承していきたい思いもあります。例えば、遅れ気味の人を気遣うとか、乗りたての人に楽しむ乗り方を教えてあげるとか、サイクリストとしてのマナーやルールなどを伝えていきたい。そういうことを通じてサイクル人口を増やすことも地域貢献の1つだと考えています。
地道にコツコツやっていますが、当初一番大変だったのは、遊びの延長と思われがちだったこと。周囲からは、僕が自転車で走っているところを見て「なに会社放り出して遊びに行っているんだ」と思われていた。親兄弟ですら、ピターッとしたサイクルウェア姿をみて「恥ずかしいからそんな格好で歩かないで」と言われたし(苦笑)ようやく最近、自転車のことなら僕に聞け!みたいなイメージが浸透し、「ギアが変わらないから直して」と近隣の人がちょくちょく頼みに来たり、認められてきたのが嬉しいですね。
自分が絶対イケると思ったものは、資金面で本業を圧迫しない限り、続けたほうがいいと信じてやっています。そして結果を出すことが全て。この事業で人が来る、売上が上がる、ということを見せられれば、遊びと思っている人たちもきっと認めてくれるでしょう。

家業を「運転している」実感で、
経営者目線の検証が僕の役割。
社長とはしょっちゅうぶつかっています。父子なんてそんなもんですよ。コロナ禍での融資一つとっても、僕が「とりあえずは申請しておいたほうがいいよ」とアドバイスしても、「うちは今のままで大丈夫だ」と、受け入れようとしない。喧嘩しながら上手にやっています(笑)
家業における僕の今の役割は、「経営者」の目線で決算書を検証したり、さまざまな助成金の可能性を調べたり、経営計画を立てることです。これは無駄だから節減しようとか、この助成金が使えそうだから明日電話してみようとか。社長や弟は「職人」なので、僕だけがそういう目線で経営を考えている。乗り物に例えると「運転している」実感がありますよ。でも、それに取りかかれるのが夜中の時間帯なので、なかなか働きを理解されないんです。日中は従業員から見たら、「自転車ばっかりいじっている専務」(笑)今は何とかこのコロナ禍を乗り切っていきたい。自転車の事業のみで生計を立てたいのではなく、これをきっかけに本業の売上向上や地域にお金が循環する仕組みを目指したいと思っています。

アトツギへのMessage
孤独を楽しもう!
新しいことを始める人が、
理解されないのはよくあること!
「孤独を楽しむ」ことをお勧めします。経営者は孤独です。友達と話が合わなくなり、さらに親兄弟や奥さんにすら理解されないというのは「新しいことを始めようとする人」によくある話。同業者や異業種のつながりを作ろうと励む人もいるけど、それに時間を使うなら、僕は1人だからこそフットワークが軽く、思いついたことを次々とやれる、新しいことに挑戦ができる。自分のゴールの姿に執着できるか、今やっていて楽しいか、が大事。やりたくて始めたはずなのに、やるのが辛いと思ったら終わりですから。
事業承継を上手くやっていくためには心の健康を保つことが重要で、それには「楽しみながら」やること!与えられた環境の中で自分が「やりたいことを事業化していく楽しさ」を常に見出していれば、孤独も平気です。好きなものをやりながら、きちんと結果を出せばいいんです。

- 和田貴義
- 1984年、鶴居村生まれ。大阪辻学園調理技術専門学校を卒業後、岡山県・湯原温泉峡での修行を経て帰村。2002年、有限会社泰都・総務部長、2015年に専務取締役に就任。2020年、サイクルステーション兼ツアーデスクを開設。公益財団法人日本サイクリング協会(JCA)認定サイクリング・リーダー、(一社)日本サイクルツーリズム推進協会(JCTA)・(CyclingUK)認定サイクリングインストラクター。
会社概要
- 宿泊業
有限会社 泰都 - 阿寒郡鶴居村鶴居西1丁目5番地https://hotel-taito.com/
- 1916年に旅館として創業、2000年に現在の「HOTEL TAITO」をオープンし、2016年には創業100周年を迎えた。代表取締役社長の和田正宏氏は自然景観を題材とした写真家であり、釧路湿原の美しい自然を舞台に撮影ツアーや自然ガイドツアーを企画し、国内外からの需要に対応。近年では貴義氏が中心となり、「サイクリストに優しい宿」をコンセプトに自転車で観光を楽しむサービスを開始。