(株)相馬商店[新得町] 代表取締役社長 中村 実希子 氏

〝前向きな事業承継〟で、
新得の賑わいを創る「まちの顔」に。

株式会社相馬商店 代表取締役社長 中村 実希子さん

強く芽生えた「喪失感」と「使命感」。
100年以上続く家業とともに、町のために役に立ちたい。

 もし私が男性だったらもっと「継ぐこと」を意識していたのかもしれませんが、両親は「自由にしなさい」と言ってくれましたし、大学卒業後は普通に就職活動をして会社員になりました。

 とはいえ、「いずれは戻って家業に収まるのかな」という気持ちはありました。でも父は、人口減少が続く町での商売は難しいと考えていて、4年前にはついに廃業に向けて事業縮小を始めたんです。私は100年以上続いた商店がなくなることにものすごい喪失感を覚え、同時に「私が何とかせねば」という強い使命感が芽生えました。うちは売上のほぼ全てを町内から上げている意味で、新得町と「運命共同体」。自分にできることで町に貢献したいとの思いから、家業を継ぐ決意をしました。

 父に継ぐ意思を伝えると「やってみてだめなら、やめればいいんだから」と言われました。関わってまず分かったのは、役場との取引が大半を占めること。それを商売の柱とした上なら、多少リスクがある新しい挑戦もできると確信しました。

 幸い就職した先が商社だったため、営業の基本や商慣習を身につけることができ、それは今も役に立っています。また、そこで技術営業としてIT知識を身につけました。とはいえ、経営や他の業界については知らないことばかり。基本の総務・労務・財務・人事に関することも、お酒の販売にルールがあることも知らないし、食品衛生法や消防法などの知識も皆無。特に驚いたのは、文房具はロットがまとまらないと仕入れ先から出荷されないことでした。IT業界だと部品1個でも即発送が当然でしたから。

 さらに、補助金関係。事業承継補助金の存在は知っていても、どう手続きしてどう使うの?と。専用サイトで情報収集したり、商工会から資料をもらって調べていたとき、メインバンクの地元信金が「お困りのことはないですか」と声をかけてくれて。いろいろサポートを受けて本当に助かりました。

インタビューの様子1
補助金を活用して改修した、新得駅前で目を引く店舗。

「承継」は、楽しく希望に満ちたもの。
固定観念にとらわれない継ぎ方があってもいい。

 後継者さんたちの話を聞くと、悩みが多く問題が山積みだとの感想が多いですよね。私も、今後の事業計画を作成し何度も父と話し合いながら自分なりの継ぎ方について理解をしてもらい、その結果、父が一番のサポーターとなってくれました。従業員との関係についても、私のことを子どものころから知っているので、親のように見守ってくれています。私が新しい取り組みを始めても、「今までと違う仕事ができるのが楽しい!」と言ってくれて、うれしかったですね。

 私自身も、多岐にわたる商品を扱うこの家業がすごく面白く、「こんな特殊な会社、他にない!」と楽しくなっちゃって(笑) 本来、事業承継は、こんなふうに明るく楽しく希望にあふれた未来しかないものだと思うんですよ。自分の采配で新しいことを始められるなんて、楽しいじゃないですか。でも一般的には、その良さが見えないくらい辛さで悩んでしまうんですね……。

 私の場合は、「今と全部同じように承継するのではなく、既存取引だけ細々とこなしても私一人なら食べていけるのでは」くらいに思ったら気が楽で、ハードルがぐんと下がりました。〝承継とはこうあらねば〟でなくていい、自分なりでいいと思えば、戻って家業を継ぐことにそんなに大きな決意も必要ないかなと思います。

 あと、一般的には「家族全員で家業に取り組む」ことが多いと思いますが、うちは夫も自営業。ごく自然に「それぞれが出来ることで別々に稼ごうね」という人生設計の中での承継を選ぶことに。双方とも「経営者」になったので、互いの強みを生かして協業できる利点もあります。

 住む場所も、最初は移住を考えたものの、札幌-新得は通えなくもないと思い、札幌の自宅から週3、4日こちらにいる生活をしています。これも、「家族で移り住まねば」という固定観念はやめました。

ターゲットは観光客とリゾート・スタッフ。
新得のポテンシャルだと思います。

 うちは長らく、町の特産品が一堂に集まるお土産スポットでした。でも観光客には「地元の人向けの店」と見られていて、せっかく観光に来た高揚感の中にいるのに、気持ちを満たす場所ではなかったように思います。リニューアルではそれを払拭し、「新得のお土産が何でもそろう店」として駅前エリアの「顔」になることを目指しました。観光客には「ここに来たから楽しかった」と思ってもらい、町民には日常をちょっと楽しくする場を提供することで地域貢献したい。

 当店を訪れるお客様には、リゾートでスタッフとして勤務する多国籍の方々もいます。新得にはサホロリゾートがあり、占冠のトマムリゾートも近い。今までも占冠からJRで日用品を買いに通う方々がいましたし、今後もこれは新得のポテンシャルだと思うんです。

 また、特産品の面では、今までなかった農産物を扱うようになりました。Aコープ新得店が昨年秋に閉店し、うちが同店で取り扱っていた商品の一部を引き受けることになったんです。これも集客の大きな呼び水になります。

インタビューの様子2
新得町内の農家が生産した旬の野菜を販売する「えきまえベジ」

「ソバニワ」で賑わい創出。
いつか「よく通った」と言われる場所に。

 イベントスペース「ソバニワ」も、好立地を生かした賑わい創出の意味で始めました。営利目的ではないのでレンタル料は設定してしません。

 開催するイベント内容は、私のほぼ思いつき(笑)。キッチンカーを呼んだり、「秘密基地を作ろう」など子どもたちの夏休みの思い出になるような企画が中心ですが、今はほとんど自分で調べて、手作りで進めている感じです。子ども向けのイベントを計画したときは、「こういうことしたいんです」とあちこちで口にしていたら、教育委員会が手を貸してくれることに。今まで役場と長い付き合いがあったからこそのご縁だと感謝しています。悔しかったのは、緊急事態宣言のために予定していたイベントが直前で中止になったり、満足のいくクオリティで提供できなくなったりしたことです。

 長く商売を続けてこられたおかげで、ご高齢の方に「学生時代ここで文房具を買った」とか、「店員さんに良くしてもらった」とか、昔話を聞くことが多いんですよ。「ソバニワ」も将来、帰省した子どもが「小さい頃にイベントに参加した」という思い出話のひとつになったらうれしいです。

インタビューの様子3
子どもたちが参加するイベント。

前職の知識を活かして、
町のICT化の一助に。

 前職の経験とITの専門知識は今も役立っています。手がけているのは、地元企業のホームページの制作やLANの運営支援。新得町が保育システムのICT化を検討しているので、そのお手伝い。今後は子ども向けのプログラミング体験機会の提供や、高齢者や子どもと保護者に向けたスマートフォンの安全教室、特殊詐欺に遭わないためにITリテラシーを身につける講習なども行う予定です。せっかくIT分野の経験があるので、ITに関することで町を支援したい。PC /LAN関連機器も売るだけではなく、導入後もフォローし、うまく活用できるようにお手伝いしていくことも前職を活かしたサービスです。

 昨年は町内の小・中学校へのタブレット端末の導入を支援しました。教科書も扱いますし、これからも町のICT分野への下支えに貢献して、教育分野でもお役に立てればと思っています。

アトツギへのMessage

ダメでも命を取られはしない!
できることから手がけて、楽しく承継を。

 継ぐことを考えると、どうしても先代の存在がちらつくと思いますが、まずは自分ができそうなことから手がけてみればいいと思います。いい意味で周りを巻き込んで。私自身も、助けてくれる人たちに出会いながら手探りで進んで来ました。父から言われた「大丈夫、失敗しても命を取られるわけじゃないんだから!」という言葉に勇気づけられています。

 承継は楽しいし、希望にあふれるものだと思うんです。〝家業を継ぐって本当はそういうものだよ〟と、これからのアトツギさんたちに教えてあげたいと思います。

中村実希子
中村実希子
1981年、新得町生まれ。札幌の大学を卒業後、2007年にOA機器販売会社に入社。SEの知識を持つ技術営業として、官公庁・建設業・測量業への販売から納品設置までを担当。2017年11月〜翌年4月、産休。復帰後は情報システム部に所属し、2019年に退社、有限会社マル三相馬商店に入社。翌年、社長就任。店舗リニューアルと多目的イベントスペース「ソバニワ」の運営によって、地元にも観光客にもアピールできる「まちの顔」づくりを推進すると共に、IT関連サービスも開始。
会社概要
小売業
株式会社相馬商店
上川郡新得町本通南1丁目5番地https://www.soma419.jp/
1905年、曾祖父・相馬三郎氏が、国鉄・新得駅の開業を見越して衣料品、日用雑貨、食料品、酒、塩、たばこの販売をする「㊂相馬商店」を開業。戦後は文房具も取り扱う。1956年に「有限会社マル三相馬商店」として会社組織化。1973年、酒類のディスカウントおよび教科書・教材の販売にも注力。2020年、「株式会社相馬商店」に商号変更し、中村実希子氏が社長就任。