特別編 トークセッション IN 道南

対談:地域の未来はアトツギの挑戦にあり!【前編】

壇上写真
(左から)
株式会社ミウラ商会 代表取締役社長 三浦 洋範さん
有限会社知内温泉旅館 専務取締役 佐藤 昌人さん
birch 株式会社 代表取締役CEO 赤井 義大さん
株式会社西村組 取締役社長 西村 幸志郎さん

“これからの時代を創るのは、アトツギだ!”------地域の過去と未来を繋ぎ、新しいことをもたらすキーパーソン(担い人)であることを自覚して生きるアトツギたち3名に、 “今していること” “これから取り組みたいこと”など、自身の挑戦について熱く語ってもらいました。

【三浦】まずは自己紹介を含めて、ご自身のことや取り組んでいることなどをお話しいただければと思います。西村さんから、お願いします。

【西村】湧別町から来ています。会社は僕で4代目で、後継ぎとして帰ってきて7年目、社長としては去年の6月に交代して2年目です。
 ずっと苛烈なサッカー部で過ごしたバリバリの体育会系で、その反動か、大学時代は一気に堕落しまして。バイトで稼いだお金で飲みに行って洋服買って、みたいなことだけ続けているうち、 “何もしてなくてやばいな!”と思い、日本一周しようと思い立ち(笑)、三日後には日本一周の旅に出ました。そんな僕には現在、X のフォロワーが1万2000人ぐらいいて、顔出し・名前出しでやってる建設業者の中では一番多いかなと自負しています。
 当社は建設業ですが、道路や建物を造ったり橋をかけたりではなく、港湾工事がメインです。海から日本の国土を守る、地域の漁師さんたちの産業や地域の人の産業と暮らしを守る、そんな仕事をしております。一隻で15億~20億円ぐらいする作業船を、たぶん今、北海道で一番多く持っていますね。 “守りつつ攻める”という経営を昔から大事にしているので、そこを継続して大事にしつつ、建設会社という枠にはハマりたくないので、 「西村組って会社は、面白いよね。あ、やってる事業は建設なんだね」っていう流れで認知してもらえるような会社を目指しています。
 あとは、地域を守っていく・創っていくことを目指し、「ニューハンバー(NEW HUMBER)」という事業も展開。これは、飲食と宿泊と人を絡めて、湧別町というマチの上に新しいレイヤーで自分たちの文化や風土を創っていこうよ、という取組です。

【三浦】ありがとうございました。赤井さん、お願いします。

【赤井】八雲町から来ました。僕、“地方(ローカル)”が好きで活動しているんですが、その“地方”に、挑戦し続ける若者が当たり前のようにたくさん転がってる社会を創っていきたいというのが、テーマ・ビジョンです。
 僕は八雲町生まれ八雲町育ちで、高校から3年間ニュージーランドに行き、そのあとカナダに4年間行って、卒業した後は東京のブラック企業で2年ほどサラリーマンをしてました。でもやっぱり自然が好きで、八雲の体験コンテンツで今スノーシューなどをやっているのですが、こういうのが僕も日常に欲しいけど東京にいると得られない、ならばと会社を辞めて東京で起業して、地元にUターンで拠点づくりをし、10年ほど前には本格的に地元でやろうと決めて帰ってきました。
 今現在、いくつか役割や肩書を持ってますが、それらには囚われてないっていうか、「どこでやるか」より、「何をやるか」を大事にしてます。
 例えば、銭湯だった建物を改修してゲストハウス兼カフェをやったり、元小学校の廃校をリノベーションしてペコレラ学舎という、宿泊できるキャンプ場や手作りしたサウナ、コワーキングスペースもある複業施設を運営したり。地域の中・高生が放課後に集まれる、OCHANOMAっていう場所も運営しています。
 また、八雲のまちづくり会社の取締役も務めてますし、父が立ち上げて20年ぐらい福祉事業を中心にやってきたNPO法人やくも元気村にも僕は入っていて、2日前に継ごうと決心しました。
 あとは、道南のいろんなプレーヤーたちの横の繋がりを作っていく広域コミュニティ、道南サミットを運営してます。
 加えて、八雲に定期的に訪れてくれる関係人口、八雲のことが好きなファンと言える人たちのコミュニティを運営したり、ソーシャルビジネスのインターンシップをやったりとかも。
 そして、道南EXPO!という、地域でいろんな活動をしているプレーヤーたちが年に一回披露(発表)する、道南の“晴れの場”を作ったりもしております。
 “地方”には、このままでは衰退する未来がある中で、何か新しいことを……例えば AI とか最先端の技術も取り入れながら、やらなきゃいけない。でも、地域の歴史とか、地域の人たちとの関係性もうまく組み合わせることも重要なので、利益重視・勢い重視でやっていけばいいかというと、なかなかローカルではそうはいかない。そうなったとき、後継ぎって、すごくその辺と相性がいいんじゃないかなと。
 地域住民との関係性、地域の歴史、会社の歴史みたいなところの折り合いを付けつつ、変化が激しい時代にどうやって乗っていくか。バランスが難しいところですね。100年、200年やってる企業の後継ぎは、ここの部分をうまくやれていて、スタートアップの経営者ではなかなか持てない文脈なのかなと思います。僕はこの、後継ぎでバランスよくやっていく人たちと、ガンガン上を向いていくスタートアップの人たちが、うまく手を取り合っていったら、面白い未来を創れるんじゃないかなと思ってやっています。
 あと、やっぱり次世代を育てないとローカルは終わるなと思っていて、私自身ができることとして、社会課題や地域課題をみんなで解決していくための能力を育むソーシャルビジネスアカデミーを作ろうと考えています。
 こういうことを、公的機関だけがやるのでなく、後継ぎたちとか、地域の個人とか、いろんな人たちと一緒にやれたらいいなと思いますし、みんなで地域の将来を、未来の若者を、育てていこうみたいな体制を作っていきたいとも思ってます。
 最終的には、 “株式会社 道南”みたいな、道南に住むみんなが何かしらの形で地域の未来を変える活動にコミットしていく体制を作りたいです。ノウハウの提供でもいいし、イベントのお手伝いでもいいし、月100円払うとかでもいい。みんなで地域の未来を変えていくようなアクションを起こす体制を創れたらいいなと思ってます。
 最後に、中長期で企業の将来を見ていく必要性があるなと思っていて。例えばスタートアップ、大企業の経営者は、四半期決算に囚われがちだと思っていますが、100年続いてる企業だと、次の100年どうする?みたいな話になると思うんです。そういった目線で見られるのも、後継ぎたちの魅力かなと思って。来年再来年ではなく100年先の未来をどうやったら面白くできるか、みたいな視点でいろいろやっていけたら面白いなと思ってます。

【三浦】ありがとうございました。では、佐藤さん、お願いします。

【佐藤】自分は17年前に知内町に戻って温泉旅館を手伝い始めたんですが、その時は全然継ぐという気持ちではなかった。マチを出た時は、“自分の力で何とでもなる”と思って出たんですけど、社会から思いっきり制裁を受けて。“何ともなんない”で戻ってきて、継ぐことになりました。
 経営は自分がしていますが、会社都合で登記上は父親が社長のままです。自分は“湯守”として18代目で、佐藤家としては5代目。“湯守”は、その温泉が枯渇しないようにとか、次の世代もちゃんと守れるようなところを作るみたいなことが仕事です。自分が役目を渡された時は、会長(祖父)が亡くなって、父親の代が少しあってからいきなり来た感じです。会長の代で温泉旅館をすごく大きくしていて、父親が補修も何もしないで、いきなり自分のところに来た。なので、まずすぐに古いところを直さなければない。新しいこともやりながら、課題がある中で渡された感じです。
 会長の時代は、大人数を相手にするような商売だったんですが、これから先はそういうのじゃなく、もうちょっと小規模な感じで考えていかなければならない。古いものを壊しながら新しいものを創るっていうのが結構大変で、今すごく悩んでます。
 去年サウナを造ったんですが、サウナブームが来た当初は、僕は温泉の息子という立場からもサウナアンチだったんですよ。「温泉のほうが効能もちゃんとあるし、体にいい。サウナは表面上の気持ちよさだけだから」と言い続けていた。でも、「一回入ってみな」って勧められて試したら、ものすごく良くて好きになって(笑)。
 テントサウナで一年ほど、集客できるかどうかを試したんですが、東京や横浜や、すごい遠くからもお客さんが来だしまして。サウナというコンテンツは人を集められると実感し、常設サウナを建てたいなと、信金の部長にお願いして造りました(笑)。
 デザインなど、いろいろ多角的に温泉の良さを知ってもらいたいというコンセプトで造ったんです。最初から最後まで温泉を使うっていう、例えば、サウナの室内に温泉を流して、廃湯を歩く通路に使って、最後は冬の融雪に使うなど、動線まで考えて造り、2025年のグッドデザイン賞を受賞しました。
 毎年ミシュランのサウナバージョンの「サウナシュラン」が発表されるんですが、全国1万2000施設から1位から11位が決まるんですよ。結果を今ドキドキしながら待っています。来い来い来い来いって(笑)(※2025年11月11日発表、掲載済み)。そこに選ばれた施設は、3年間予約が埋まりっぱなしみたいな状況になるらしくて。
 このように、古いところは壊して新しいことに挑戦するみたいなのをやっていますし、マチのこととしては観光協会みたいな役割をしています。知内は一次産業がすごく盛んな町なので、観光業には目もくれないみたいな気風があったんですよ。でも、矢越クルーズの青の洞窟を巡るクルーズ船や、うにのムラカミヤってところなどが頑張って、「観光業っていうものは、その事業者だけではないところにも恩恵があるんだ」っていうのを話し続けた結果、ここ3年ぐらいで町がようやく目を向け始めて。観光主体でいろんなことができるようになってきています。
 今、地域商社も作っているので、いろんな事業者を巻き込んで、いろいろ仕掛けていきたい。で、まさにさっき赤井くんが言っていた 100年先の、みたいなところを 「100年ぐらいだったら大体イメージつくよね?」という視点で今、組み立てている段階です。

【三浦】お三方がもう、輝いててスゴイですね!これしてます、あれやりますって、ただただ本当に感心します。

会場の様子

アトツギだからこそできること、抱えた苦悩

【三浦】後を継がれるために、どういうきっかけで戻って来たんですか。

【西村】自分の意思で選んで戻ってきたんですが、恥ずかしい話ですが、大学2年ぐらいまで家業のことをわかってなかったんです。親が社長だとは知ってましたが、“たまにダサい作業服着て朝早く出てくな”ってくらいで。
 地元に戻ってきたのも建設業に興味あったわけでもなく、そもそもマチも嫌いなんです。後継ぎの方は解ると思うんですが、幼いころから“社長の息子っていいよね”みたいなこと言われたり、“家にお手伝いさんいるんでしょ”みたいなことを保育所の同級生に言われたりして。幼児がそんなのわかるわけないから、親が言ってんだな、みたいなのを洗礼として受けていた。そんなマチが嫌いで。
 だから戻ってこようと思ったのは……自分の名前(幸志郎)に、人の幸せを志す男になれって呪いがかけられてるからですね(笑)。悪いことできない(笑)。で、その名前の通りに生きるって言ったら何かな?と考えた時に、“あ、家業を継ぐために帰ろう”と。いい会社にして、三浦さんがおっしゃってたみたいに、永続していくことがすごく大事だなっていうのを考えてもいたので。なので、すごい熱い想いとかではなく、自分本位で帰ってきた感じです。

【三浦】ありがとうございます。自分本位は、ものすごく正直なところだと思うんですよ。若いからわがままでいい、と僕は思います。佐藤さんが戻ってこられた理由は?

【佐藤】自分は親に育てられたというより、じいちゃんばあちゃんに育てられてる時間のほうが多かったんですが、まぁ自分の力を試すみたいな感じで(外へ)出てって、挫折しかけてた時に、ばあちゃんがもう長くないみたいなタイミングになって。そろそろ戻らなきゃと戻ってきた感じです。

【三浦】戻って来てから、苦労したことは何ですか。

【佐藤】いっぱいあります。身内だから自分だけ給料が低いとか(笑)。時給に見合わない労働がいっぱいあって。そのときは文句を言う側だったんですけど、今こうして経営者の立場になったら、当然だなって思うんですよ。自分たち(身内)がもらう分よりは(従業員に)あげたい、みたいな。

【三浦】身内の給料の低さはものすごく共感する話ですよね(笑)。私も経験したな。ところで、先日この4人でウェブ会議をしたんですが、赤井さんはまだ継ぐと決めてなかったですよね。で、今日お会いしたら「継ぐことにしました」(笑)。最初は継がない気でした?

【赤井】継がない選択もあるな、とは思ってました。うちには父と、古参の理事(役員)たちがいるんですが、僕、大喧嘩したので(笑)。“マジで価値観、合わねえな”って思って。向こうは数がいて、多勢に無勢。一緒に働ける気がしないなと思いました。

【三浦】これがリアルだと思いますよね。気にくわないからやらないって、全然、若い人にはあっていいと思う。むしろそういう時期(があった経験)が、意外にこれからの時期に役に立つ。赤井さん、めちゃめちゃ語るなってくらいボリュームありますけど、結局、何屋さんなんですか?(笑)。

【赤井】たぶん僕は、「経営者」はあんまり向いてないと思ってますね。どちらかというと、地方に、必要な情報とか人とかものを、外から持ってきて地域に繋げるような、そんなポジショニングが向いてるんだろうなと思っているので。そういう目線で見た時に、後継ぎってすごく地域には大事だけど、後継ぎの方がもっと行けるはずの領域に行くために足りないピースを、僕が持ってこれたらいいなみたいなのは、ちょっと思ってます。

特別編 トークセッション IN 道南「地域の未来はアトツギの挑戦にあり!【後編】」

<ファシリテーター>

三浦 洋範 氏(株式会社ミウラ商会【美唄市】代表取締役社長)
2024年3月にミウラ商会の代表になり、同4月に株式会社藤川石油の代表就任。親族承継と、非親族承継を経験。今後も、地域を中心に必要不可欠なガソリンスタンドでアトツギに困っている会社があれば、M&A を検討していきたいと思っている。

<登壇者>

西村 幸志郎 氏(株式会社西村組【湧別町】取締役社長)
北海道湧別町の建設会社・株式会社西村組 四代目社長。海洋土木をメイン事業とし、技術開発による事業創出なども行う。旧態依然の会社を変え、課題であった採用・広報面も強化しそのリブランディングがTV・ラジオ・講演会など様々な場面で注目される30歳。
佐藤 昌人 氏(有限会社知内温泉旅館【知内町】専務取締役)
800年続く温泉旅館知内温泉の湯守として地域に根を張り、温泉という日本の文化を広げる活動をしている。知内を舐められない町にするため、仲間とともに2026年3月に地域商社「知内商事株式会社」を設立。百年後につながる町づくりに挑戦している。
赤井 義大 氏(birch株式会社【八雲町】代表取締役CEO)
1990年生まれ、北海道八雲町出身。カナダの大学を卒業後、東京で会社員として働いたのち、八雲町へUターン。銭湯を改修したカフェ&ゲストハウス「SENTO」や、廃校を活用したキャンプ&ホステル「ペコレラ学舎」を立ち上げ、地域資源を活かした宿泊・交流拠点を運営。